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漫画原作実写化&日本IPローカライズの手本になるのか:『棋魂』

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はじめに

10月27日からiQIYIにてリリースされた全36話の青春ドラマ『棋魂』は先日最終話を迎え、豆瓣評価は放送開始当初の7.2点から8.7点に到った、漫画原作の実写リメイクものとしては異例の右肩上がりな評価は“逆襲”(中国国内でIPについて論ずる際に度々使用される言葉。事前の評価に反して好成績を出すこと)として注目を集めた。


『棋魂』の原作は日本IPとして漫画やアニメが日中で大ヒットした『ヒカルの碁』を実写リメイク化した中国制作のドラマである。今までも多くの日本IPリメイクや実写化作品などについて紹介してきたが、豆瓣評価6点以上を獲得した作品はごく稀であり、そんな中『棋魂』はまさかの8点以上を記録し、「日本IPリメイク」「漫画原作実写化」のお手本として注目を集めた。


また、『棋魂』実写化は完全な中国制作であり、まだ日本では正式にリリースされていないが、日本のファンにも認知をされ、SNSではその出来栄えを賞賛するコメントも多く見られる。まさか中国で『ヒカルの碁』を実写映像化し、尚且つ多くの好評価を得るに到るとは、日本のファンも驚かされた。


なぜ『棋魂』はこのような好評価を得ることができたのか。
漫画原作の実写映像化と日本IPのローカライズ化について詳しく紹介していく。


漫画原作の実写映像化

通常、漫画を原作とした実写化作品は、原作ファンの歓心と一般視聴者の関心をバランスよく調和させることが求められ、制作陣の頭を悩ませる。
日本ではよく役者が大袈裟な仕草や表情で漫画のキャラクターやシチュエーションを再現することが多いが、原作ファン以外、もしくは二次元文化に親しみのない人から見ると、違和感を覚えやすく受け入れるのが難しい。


今回、中国で制作された『棋魂』はまだ日本で正式にリリースされているわけではないが、多くのファンにディスカッションされ、そのほとんどの内容が賞賛のコメントだった。なぜ『棋魂』は日本でまで原作ファンの心を掴むことができたのか。
それは、漫画原作でありつつも二次元文化に寄せることから離れ、人々の心を感動させるような「現実感」と「リアリティ」をベースにドラマを制作したからである。


一般的には、『棋魂』のような熱血漫画では、主人公は天才と呼ばれるような才能を持っていたり、天才でなくてもすごい人に助けてもらったり、運がすごく良かったり、要するに「主人公オーラ」を持っている。視聴者は自分にない力を持つ主人公に憧れ、そこから作品や二次元文化に嵌りやすい。
ところが、現実社会では多くの人がただの凡人である。むろん、今回の実写版主人公も原作通りに囲碁に関しては「主人公オーラ」の強いキャラクターだが、囲碁以外の日常生活や成長といった面では、悩んだり、戸惑ったり、失敗したりして、普通の思春期の少年としての道を辿りながら成長する。


また、主人公以外のキャラクターは「熱血漫画」っぽくなく、どちらというとむしろ「凡人すぎ」「リアルすぎ」でこれらの要素も視聴者の心を掴んだ点だと言われている。
『棋魂』は“天才”以外の“凡人”の人生や囲碁を巡る物語を生々しく表現した。例えば、囲碁と受験のどちらを取るかで悩んだ時、主人公の親友は一旦囲碁を諦め大学受験に集中する決断をした。
実力はあるが、メンタル面が脆弱でいつも重要な試合で失敗してしまう主人公のライバルの一人は、最後まで自分の心に勝てず、“逆襲”を果たせないまま、先生の紹介で海外留学をする。


多くの囲碁が好きな人々は、主人公のような天才ではない。どれだけ努力してもプロの道へ進むことができず、結局囲碁に対する熱意を抱えながらも、一般の仕事に勤めざるを得ない。『棋魂』はこのように囲碁を巡る様々な脇役たちの人生を描くことで、二次元文化にありがちな「夢のような世界」ではなく「現実世界のリアリティ」を描き上げ、視聴者の登場人物に共鳴する感情を呼び起こした。


優れたローカライズ

優れた実写化とは、物語が二次元世界ではなく、リアル世界で本当に起きたことだと視聴者に信じてもらうことだが、優れたローカライズとはこの物語が違う国のものだと視聴者に思わせないことである。今回、『棋魂』もローカライズにおいて、非常にうまく原作IPと中国社会を融合させ、まったく違和感のない改編(リメイク)を行うことができた。原作を読んでいない、原作を知らないファンからは日本IPから改編した作品だと思わなかったと言われるほどに中国での物語に書き換えることに成功した。


ストーリーの前半は漫画やアニメとはほぼ同じだが、センサーシップやローカライズの影響による調整を行い、物語は80~90年代の中国を舞台に変更している。この時代、中国では囲碁はすでに没落し、街の囲碁教室は一つも残っていなかった。5000年前に囲碁を発明した中国では、もう囲碁に対する興味も関心もなくなってしまっているように見える。
そんな中、子供時代の主人公が褚嬴(藤原佐為役)に「もう何千年も経ったよ、何もかも変わったよ」と話した時、褚嬴は「それにしても、傘は千年前と同じだ」と答える。そして、主人公は囲碁の実力を磨くために、街中を歩き回り、様々な職業、年齢層の人々へ挑戦すると同時に、彼らの囲碁に対する熱意を感じ、囲碁は5000年が経っても、没落しても、囲碁を愛している人がいてくれたことで、消えて無くなったわけではないとわかった。


原作の主人公「進藤ヒカル」は『棋魂』では「時光」と呼ばれている。これは中国の諺「不負時光」が由来となっており、「時の流れに負けない」という意味が含まれている。このような工夫からも、制作チームはただローカライズするだけの作品ではなく、『棋魂』という一つの物語に熱意を持って制作していることが窺える。


最後に

『棋魂』は漫画原作の実写映像化作品、日本IPのリメイク作品として果たして成功したと言えるのだろうか、結論からいうと“成功”ドラマと言うにはまだ距離があった。むろん、現在中国市場において、口コミは作品の人気に繋がる重要なポイントであり、『棋魂』は現在放送中の作品に比べて口コミはダントツに良いが、話題性や人気度などをドラマの中で比べると、データ的にいまいちと言える。


製作費の関係から放送前のプロモーションが十分でないことが大きな原因であり、他にも囲碁が現在の中国では「ニッチ」なスポーツとして、注目度が足りないのも原因の一つである。放送終盤を迎える時点でやっと口コミで話題にあがる傾向が見えたが、一度最終話がリリースされたら、その後に“逆襲”することはほぼありえない。
(再生回数のほとんどは作品更新中に稼ぐ、最終話放送後の再生回数は更新中に比べてはほんの一部しかない)


以前、「流量」について紹介したが、中国においては話題性があり、注目されれば「流量」が集まる。「流量」があればマネタイズできるため、制作する際にはコンテンツの内容より「流量」が優先される傾向がある。たとえどんな良質な作品でも、人気に欠けるとマーケットには受け入れられない見られており、市場に淘汰されてしまう。残念だが、『棋魂』は熱度(ヒット指数)の面では、日本IPのリメイクや、漫画原作の実写化大ブームを巻き起こすほどではないが、今後このような作品に試みる制作側には良い手本を示せたと言えるだろう。
また、今後も優秀な日本IPのリメイクや実写映像化作品を楽しみにしよう。


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