ライター:Jenny 監修:AKATSUKI
コラム
Column
アニメ映画『姜子牙』:興行収入と反比例した株価
はじめに
10月1日、中国にてアニメ映画『姜子牙』(キョウウシガ、英題:Legend of Deification)が公開された。初日の興行収入は3.58億人民元(約59.7億円)を記録し、各上映館公開当日の1位を独占、2019年に中国の年間興行収入ランキング1位、史上2位、歴代アニメ興行収入1位を獲得した『哪吒之魔童降世』(邦題:ナタ~魔童降臨~、下記略『哪吒』)が持つ中国アニメ映画の単日興行収入記録3.42億元(約57億円)を塗り替えた。
2020年の国慶節休暇(10月1~8日)には、中国全土の合計興行収入は39.52億人民元(約658.7億円)に達し、動員数は1億人を超えた。そんな中、『姜子牙』の合計興行収入は12.66億人民元(約211億円)、初日の1位から順位が下がり、『我和我的家乡』(直訳:私と私の故郷)に続く2位となった。猫眼(中国最大のオンライン映画チケット販売サイト)の計算によれば、『姜子牙』の最終興行収入は15億人民元(約250億円)だと予測され、『哪吒』の50億人民元(約833.3億円)とは距離が開く結果となった。
『姜子牙』とは
『姜子牙』は、光線伝媒傘下のアニメ映画制作スタジオ「彩条屋」(COLOROOM PICTURES)が4年の期間を要して企画・制作した「中国神話プロジェクト」の2作目である。
また、『姜子牙』は『哪吒』と同じく中国神話をモチーフとして世界観を共有する「封神宇宙 (封神ユニバース)」作品として、一部では『哪吒』の“続編”とも捉えられている。哪吒も姜子牙の“同期”であり、同じく『封神演義』で“封神”されてきたとして、二人は同じ世界観を持つ「封神ユニバース」を作り上げることができた。
今までの中国エンターテインメント業界においては、マーベルコミックスやDCコミックスのように同じ世界観を持ち、ヒーロー達を集めたシリーズ作品は存在しなかった。近年、中国国産映画の興行収入が市場で“逆襲”し始めると同時に、『アベンジャーズ』のような中国国産ヒーローシリーズへの期待も高まっている。とりわけ、『哪吒』の大成功により、中国国産アニメ映画は非常によいスタートを切ったため、2作目の『姜子牙』は更に注目を集めた。
「姜子牙」の本名は呂尚(リョショウ)で、紀元前11世紀に実在した人物であり、古代中国・周の軍師で、後の斉の始祖でもある。姜子牙が最も知られているのは、世界最古のSF作品とも言われる『封神演義』の主人公。
代々語り継がれてきた中国の古代神話として、姜子牙は中国では誰でも知っている歴史上の人物であり、日本でも太公望(タイコウボウ)として知られている。釣り関係の逸話から、しばしば釣り師の代名詞としても使われているようである。
『姜子牙』の物語では、“封神”された姜子牙は過ちを犯し、下界に降りて「人」となるものの、終始「初心」を忘れず、人々を守り、最終的には「神」に戻ることになる。厳粛で少し暗い大人の世界を描いた作品である。
それに比べて、『哪吒』では「自分の運命は、天が決めるのではなく、自分で決める。」という反骨精神を唱えるとともに、コメディ要素も多く仕込まれた、子供も大人も老若男女が観て楽しい「合家歓」(一家老少が楽しめる)作品となっている。
他方、2作の本質は異なるものの、『姜子牙』はプロモーションの際に、「封神ユニバース」を強調するため、『哪吒』とのコラボ企画を多く実施した。しかし、気付かぬ内に『哪吒』寄りにアピールし過ぎてしまい結果として、視聴者の中では「裏切られた」といったコメントで低い評価を付けた人も少なくはない。
実のところ、『姜子牙』の口コミ評価自体は低くなってしまったものの、「クオリティが低い」や「制作が良くない」といった批判は極少数であった。
現在、口コミが作品の評価基準として大きな影響力を持つ中国映画市場において、公開前から視聴者に「期待値」を持たせることが非常に重要なポイントとなっている。例えば、『哪吒』は「教科書に載せるられるほどのPR手段」として賞賛されている。最初に公開されたPVでは、哪吒を“化粧が濃過ぎ”なただの悪ガキと見えるように描いており、最初に視聴者に与えるイメージはインパクトを重視し、内容については踏み込んだことをしていない。
しかし、続々とPVが公開されるにつれ、徐々に作品の魅力が披露されることで視聴者の興味を引くことに成功した。一口に「興味」といっても作品に対する期待値とともに、一抹の不安も感じさせることで公開後に視聴者の予想を(良い意味で)裏切る布石を打っている。
そして公開後に、一気に口コミが“逆襲”(良い意味で期待を上回る)したことで、史上最高興行収入のアニメ映画に至った。それに比べて、『姜子牙』は「違う(悪い)方向へ視聴者を導いてしまった」ので、悪い意味で期待を裏切られた視聴者からの反感を招いた。
また、『姜子牙』のストーリーが弱いという批判を聞くこともあるが、センサーシップを通るために本来2時間以上あった内容を大幅にカットしたという説もある。「完全版」を鑑賞することができないため、信憑性については検証ができない。
『姜子牙』の豆瓣評価は公開初日の8.7点から、1週間で7.0点にまで落ちてしまった。口コミ評価の下落につれ、上映スクリーン数も一気に減り、国慶節の連休における上映率(=上映スクリーン数/合計スクリーン数)は8日間で「36.4%、41.1%、36.6%、32.7%、28.9%、28.6%、27.4%」とほとんど落ちる一方となり、興行収入も一気に落ち込んだ。
光線伝媒とは
興行収入の急落に伴い、制作・配給会社の光線伝媒の株価まで下落。2020年上半期に、コロナの影響で光線伝媒の売上は2019年の同期に比べて77.86%減、純利益は81.36%減少していた。
8月16日、『姜子牙』が国慶節に公開すると発表された途端、翌日には株価が急増し、9月7日に2015年7月以来の最高値を記録した。また、公開前の9月30日にも、株価が6%も増加した。
しかし、10月9日、連休後の初出勤日に、株価は最高時から17%も下落し、公開前の最終決済日に比べると、時価総額で66億人民元(約1,100億円)減少、2015年以来最大下落値を記録した。さらに」、10月9~12日の間、光線伝媒の時価総額は下がり続け、映画公開前に比べると14%減少した。
光線伝媒は1998年に設立、バラエティからスタートし、映画で有名になった企画・制作・配給グループ会社である。2015年に「彩条屋」を設立し、アニメ事業に本格的に進出。「国産アニメの半分のシェアを目指す」という目標に向かって事業展開を進めている。2018年の決算によれば、光線伝媒はアニメ産業チェーンの川上から川下の企業20社あまりに投資しており、『西遊記之大聖帰来』(邦題:西遊記 ヒーロー・イズ・バック)の制作チーム「十月文化」や『大魚海棠』(邦題:紅き大魚の伝説)を制作した「彼岸天」も投資先に含まれている。
国産アニメのほか、2016年に『君の名は。』、2019年に『千と千尋の神隠し』を中国で配給し、興行収入は5.75億人民元(約95.8億円)と1.75億元(約29.2億円)を記録し、注目が集まったことで、中国国内でアニメ映画TOPのブランドを打ち立てた。
『姜子牙』の影響で光線伝媒の株価は落ちるものの、中国アニメ映画市場の未来には大きな期待が寄せられている。
今後の展開として、光線伝媒によってアナウンスされた作品が複数あり、とりわけ「封神ユニバース」シリーズの第三弾であり三部作の集大成、中国の伝説上の生き物・鳳凰を題材に描いた新作『鳳凰』や、『姜子牙』公開の際に予告されていた『深海』なども期待を集めている。
これらの作品が公開された頃に再び紹介させていただく。