中国で話題沸騰中 バンドオーディションバラエティ番組：『楽隊的夏天』

中国ネット動画配信プラットフォームiQIYI（愛奇芸）と番組コンテンツ制作会社の米未伝媒(MeWe)がプロデュースしたオリジナルのバンドオーディション・バラエティ番組である『楽隊的夏天（日本語訳：バンドの夏，英文表記：THE BIG BAND）』のシーズン２が、今年7月25日に放送を開始し、毎週土曜日の夜8時（中国標準時）に更新されていた。

『楽隊的夏天』は、グラムロック、パンク、ワールドミュージック、エレクトロニックミュージック、ファンク、ディスコ、ニューウェーブ、ポストパンク、ナードコア等多くのジャンルをカバーし、ベテランのバンドから新進気鋭のバンドまで様々な30以上のバンドを招待、年度別に「HOT5バンド」を争競させるという形式のライブミュージック・コンペティションである。

昨年、『楽隊的夏天』シーズン1（以下『楽夏１』と略称する）の放送終了時点では総計10.8万のネチズンから評価を受け、豆瓣レビューサイトにおいては8.8点（満点10点）という高い評価を得た。また、『楽夏１』は2019年に、第20回『中国視頻榜』にて「年度番組賞」を受賞した。（『中国視頻榜』，英文表記：China Video Awards、中国で最も権威のあるビデオカテゴリのランキングリストの1つである。）

また、『楽夏１』はウェイボ（Weibo）や知乎（Zhihu）、およびその他のネット上の各プラットフォームで、総計388の検索ホットリストに入り、『人民日報』や『China Daily』など主流な権威あるメディアにも紹介されている。
WeChat上では1.5万以上の関連記事が作成され、PVは総計で9,000万を超える。さらに、「百度指数(Baidu tren)」の検索ピークは一時期845,825回に達し、2019年度前半における新バラエティショーの中で最高値を記録した。

今年は、コロナ禍のため『楽隊的夏天』シーズン２（以下、『楽夏２』と略称する）の放送時期は昨年より遅れたが、『楽夏２』は放送開始前にも大きな注目を集め、数日間連続でウェイボ（Weibo）上の「放送予定バラエティ番組リスト」のTOP3に掲載された。『楽夏２』に出演するバンドの情報が公開された後には、インターネット上で炎上とも言えるほどのコメントが飛び交った。

その人気は放送当日だけでも、ウェイボの『楽隊的夏天２』という話題の閲覧数が1173万回、議論数は823万回に達するほどである。そして、今年『楽夏２』は10以上の大手企業をスポンサーとすることに成功した。

中国伝媒大学が2018年に発表した「中国音楽人の生存現状に関する調査報告」によると、3割のミュージシャンは音楽収入が0であり、70%のミュージシャンは音楽関係以外の収入がなければ生活できず、95%のミュージシャンは音楽のみの収入では生活ができないという。

しかし、多くのバンドが『楽隊的夏天』に参加することをきっかけとして、メディア上での露出が増え、バンドの商業価値が急速に高まった。例えば、2019年『楽夏１』放送後、年度別「Hot 5バンド」 の1位にランクインした『新褲子（New Pants）』は、ウェイボでのフォロワー数が10万から117万に増加した。
『楽夏１』に参加する前に、一度はバンド解散の危機に直面した『刺猬（Hedgehog）』も、ウェイボのフォロワー数が116万に上昇、出演料が何倍にも増え、ライブハウスの巡演機会も増加した。他にも、『Click#15』は、『楽夏１』に参加する前には、毎月1000元の収入しかなかったが、参加後の出演料は数倍に上昇し、CM出演などの商業出演依頼が増え続けている。

iQIYI（愛奇芸）によると、『楽夏2』の放送後4週間が経過した時点で、すでに自動車や化粧品等の20以上のブランドがTop20のバンドとの提携意向を表明したという。

8月31日、『楽夏2』の放送開始から約1ヶ月が経過した頃、人気バンドの『五条人』が自分たちのタオバオ・ネットショップ『五条人士多店』をオープンしたと発表。このタオバオストアは、5種類の商品だけが売られているが、開店後10日間で、店舗のフォロワー数は3.7万人に達し、総販売量（予約販売込み）は60万個を超えた。

『楽隊的夏天』の影響力を高めるためのIP開発も継続しており、最近では、多くの映画やネットドラマで『楽夏』に参加したバンドとコラボし、コンテンツの主題歌や挿入歌を担当するバンドも多い。

2019年の『楽夏１』が放送以降、他のコンテンツ・プラットフォームも続々と『一起楽隊吧（Let’s Band）』、『我們的楽隊(Me to Us)』、『明日之子楽団季(The Coming One: SUPER BAND)』といった“バンド系”バラエティ番組を制作している。
また、2020年前半の人気オーディションバラエティー『乗風破浪的姐姐』(過去紹介記事)も『楽夏1』のチャンピオンバンド『新褲子（New Pants）』をゲストとして招待している。
『楽夏１』は中国大陸でバンド文化のブームを引き起こしたIPであると言える。

ファンの中だけではなく、様々シーンでバンドが認知され始めており、中国国内のミュージシャンの公演状況と経済状況は改善されてきている。この流れはミュージシャンの作品制作と研磨に良い傾向であり、国内の音楽事情における良質化を促進している。

実は、『楽隊的夏天』というネット番組が出る以前にも、テレビ局が制作したバンド系バラエティ番組が存在した。例えば、2017年11月から江蘇衛視チャンネルで放送された『中国バンド』、2018年8月に中国中央電視台が制作した『スーパーバンド』などがある。しかし、それらの番組は視聴者からの好評を得られず、大きな影響力を持つことはなかった。特に、『中国バンド』の豆瓣レビューは5点（満点10点）と、かなり低い結果である。

『楽隊的夏天』はオリジナルバンドバラエティ番組として、2つのシーズンは共に高い評価を獲得し、番組やバンドについてのネット上の議論も非常に活発である。そして、番組に出演したバンドの商業価値の高まりも、間違いなく『楽隊的夏天』というIPの成功を示している。

2015年に設立されたまだまだ若い会社である『米未伝媒（MeWe）』によって制作された『楽隊的夏天』というオリジナル・バンドオーディション番組がIPとして成功した理由は何だろうか？その成功理由については、次の2つがあると考えられる。

1つ目は内容の生産を重視する点。
「バンド」は中国語では、「乐队（楽隊）」という 。文字の通り、「乐」は音楽性、「队」は人間性を意味している。米未はバンドの音楽性を表現すると同時に、バンドの人間性を表現することにも十分な工夫を凝らしている。米未はバンドメンバー間の物語に注目することで、人々の間の絆を表現し、視聴者の共感を呼んだ。

2つ目はキャスティングから投票形式の番組構成のデザインまで、丁寧に制作されている点。
キャスティングでは、番組制作側は若いバンドから結成20年以上の老舗バンドまで、様々な地域の異なる音楽スタイルのバンドを招待した。そして、ライブ現場は批判的な“指導者”席を設置せず、すべての投票権を現場の視聴者に渡している。

現場の視聴者の構成については、1人1ポイントを持つ200人の「大衆音楽ファン」、1人2ポイントを持つ20名の「専門音楽ファン」(音楽レーベルの運営者、音楽評論家、雑誌編集者など)、そして1人で10ポイントを持つスーパー音楽ファン(芸能人ゲスト)で構成されている。
投票回数に制限はなく、投票の基準はただ1つ、すなわちバンドの公演が好きかどうかである。

『楽隊的夏天』はバラエティ番組の形で、バンドカルチャーの魅力をアピールした。
マスメディアによって、ニッチなインディーズバンドが、大衆を引き寄せられるほどのIPへと変化しているのである。
「ニッチ」を「マス」へという流れで、現在の中国インディーズバンドは魅力を発信している。