ライター:Jenny 監修:AKATSUKI
コラム
Column
流行と文化を上手く取り入れた「从前有座霊剣山」と中国IP市場における「仙俠」
「沙雕」ドラマ「从前有座霊剣山」とは
「从前有座霊剣山」(原題:昔霊剣山〈れいけんざん〉という山がある)(37話)とは、2019年11月からiQIYI(愛奇芸)、Tencent(騰訊)にて配信されている冒険仙侠(せんきょう)ドラマである。本ドラマの「豆瓣評分」(中国の有名口コミサイト)の評価は7.1点に達し(7点を超えれば良質な作品と見做される)、微博での話題「#从前有座霊剣山」の閲覧数は45億PVを超える。主演は「瓔珞~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃」で一躍有名になった人気若手俳優の許凱(シュー・カイ)と『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』楊貴妃役の台湾女優の張榕容(チャン・ロンロン)が務める。
「从前有座霊剣山」は「沙雕」と「脳洞」という二つのキーワードで話題を呼び、注目を集めた。「沙雕」とは2018年頃から中国で流行しているネット用語であり、日本語で言うところの「バカげた」や「ボケている」といった意味。「套路」(お決まりの展開)に従わず、想像も出来ないような展開が特徴である。すなわち「沙雕劇」とは、コメディよりも更に「おかしな方へ」脱線するドラマのことを言う。視聴者にツッコミの機会を与えず、主人公自身がツッコミに尽くす。日本のドラマだと、「勇者ヨシヒコと魔王の城」のような作品が近い。
また、「脳洞」とは字の通り頭の中に穴があるのではないかと思われるほど、想像力が豊かで様々なアイデアが溢れていて話が掴めないという意味を持つ。日本のドラマだと、「世にも奇妙な物語」が近いと思われる。「从前有座霊剣山」のドラマ版は原作漫画とアニメ版よりもさらに、各有名作品と流行りのネタをストーリーに融合させ、笑いを誘った。
もちろん、現在最も人気を呼ぶ「BL」要素も欠かさず、原作では親友の関係であったキャラクターは、ドラマでは更に「曖昧」な関係となった。
作品概要
落下した彗星によってもたらされる運命の子を探すために、長い歴史をもつ霊剣派一族は門下の入門試験を再開する。天からの申し子である王陸(オウ・リク)【許凱】は仙人になるための修行として、霊剣派の入門試験に挑む。千年に一人と言われる「空霊根」(霊根とは、仙人の修行をするために必要な素質で、空霊根とは霊根の中で最も珍しく、最高級の霊根のことである)を持つ王陸は、他とは多少異なりながらも仙人への道を歩みはじめ、霊剣派の第五長老の王舞(オウ・ブ)【張榕容】の真伝弟子となる。王舞は一見不思議系のキャラクターで破天荒で恥知らずという印象を受けるが、実は悲しい過去があり、本来は優しく思慮深い仙人である。王陸は霊剣派に入り、修行をしながら、王舞と同門の弟子とともに冒険を始める…
原作は「从前有座霊剣山」
「从前有座霊剣山」は、国王陛下(筆名)によって創作されたネット小説である。2013年から中国の小説投稿サイト「創世中文網」にて連載開始、2014年に出版され、2015年に完結した。2017年に発表された「胡潤原創文学IP価値榜」(中国オリジナル文学IPのランキング)では57位にランクインした。
2014年、原作をもとに猪画×菌小莫によって創作されたウェブ漫画が「Tencent Anime」(騰訊動漫)で連載を開始し、ビュワー数は75.5億を超え、現在も連載をしている。ドラマはこの漫画版から改編されたことで、「漫改劇」と捉えられている。
2016年に漫画版を原作として、Tencentは日本のアニメ制作会社スタジオディーンと共同企画でアニメーションを制作した。製作委員会への出資の構成比は開示されていないが、関係者によると8~9割をTencentが出資したという噂だ。制作当初から、中国原作の日本で作られ、日本で放送された日本製のアニメとして中国に逆輸入するという「使命」があり、「初めて日本で放送される中国アニメ」として注目を集めた。第1期の「霊剣山 星屑たちの宴」は2016年の1月からAT-X、TOKYO MXなどのチャンネルで放送し、第2期「霊剣山 叡智への資格」は2017年1月から放送された。日本より遅れて中国ではTencentや、百度(Baidu)傘下のiQIYI(愛奇芸)、アリババ傘下のYouku(優酷)などの複数の動画配信サービスで配信された。ちなみに、この3社が中国IT企業三巨頭と呼ばれるBAT【Baidu+アリババ+Tencent】である。
また、アニメが配信されてのち、Tencentはゲームやドラマなどを再開発して、二次利用を通してメディアミックスの拡大を促した。2011年から、Tencentは「IP」と「泛娯楽」(訳:パンエンターテインメント)の概念(一つのIPとしての同一原作のマルチメディア展開)を提出し、その後文学、漫画、アニメ、ドラマ、映画、エレクトロニックなどの会社を買収、合併することで、従来からあるゲーム、音楽などの分野と合わせてマルチメディアの展開を図った(Tencentは元々動画サイトを運営していたが、これによって「泛娯楽カンパニー」と呼ばれるようになる)。前回紹介した 腐女子を得るものは、天下を得る?中国BL市場と昨年大ヒットIP「陳情令」 も同じ戦略で、「文学→漫画/アニメ→映像→ゲーム」の流れで、「スーパーIP」を作り上げた。
中国式ファンタジー世界 ー「仙侠」
「仙侠」は日本語で「ファンタジー」と訳されることも多いが、実は独特な中国式ファンタジー―――「玄幻」(げんげん)の中の分枝である。中国語では、SFを「科幻」、魔法を使うファンタジーのことを「魔幻」と呼ぶ。内面の東方哲学的な思想は「玄学」と呼ばれ、西洋のイメージが強い魔法を使うようなファンタジーモノが「玄幻」となる。「玄幻」は古くから存在する中国伝統の「道教」思想や世界観を背景に展開されるものであり、基本設定としては、神、仙、妖、魔、人、鬼という「六界」が存在し、煉丹術、法宝/仙器(神通力を持った宝)などがある。例えば、中国で人気の「封神演義」は代表的な「玄幻」IPであり、アニメ、ドラマ、映画など十数回に渡り改編され、中国では誰でも知っている物語である。2019年に中国映画興行収入1位となったアニメーション映画『哪吒之魔童 降世』も「封神演義」から派生した物語となる。
「仙侠」は「玄幻」からの変種とされるものである。近代、文化大革命によって「道教」は「封建迷信」と見做され、壊滅的な打撃を受けた。その後、徐々に宗教活動が許され、宗教観の修復が始まった。2000年前後、ネット小説、オンライン/RPGゲームの普及によって、80年代から流行した「武侠」と融合し、「仙侠」が生まれ、若者たちの間で急速に広がる。とりわけ2005年に、RPGゲーム「仙剣奇侠伝」をもとに初めて実写化された仙侠ドラマが爆発的な人気を得たことを契機に、「仙侠」ものは一気に注目を集めた。その後、「仙俠」はネット小説から、漫画、アニメ、ドラマ、ゲームなどメディア形式を問わず、人気作品を産出している。
仙侠の中でも、世界観によっていくつかの分野に分けられる。例えば、「九州天空城」(2016)、「九州海上牧雲記」(2017)、『九州鮫珠伝』(2017)、「九州縹緲録」(2019)は「九州」という架空の世界観をもとに創作される。「九州」とは実在せず、2001年にネット上で舞台と設定が公表され、見た人に物語の背景として小説を創作してもらい、より豊かな内容に書き上げる。数多くのヒット作家によって、「九州」というフィクションの世界が創られ、数多くの仙侠IPに使われるようになる。
また、それ以外に背景が異なっても、基本的な「修行」システムや、名門などが共通していることも多い。例えば、近年大ヒットした「古剣奇譚」(2014)、「花仙骨」(2015)、「誅仙青雲志」(2016)、「永遠の桃花」(2017)、「霜花の姫~香蜜が咲かせし愛~」(2018)、「陳情令」(2019)など、ストーリーはそれぞれだが、「仙人」、あるいは「修仙」という基本設定と世界観が通じている。また今後放送予定の「斗羅大陸」、「琉璃美人煞」、「三千鴉杀」、「上古密約」もどのような作品となるのか期待を集めている。
「仙侠」IPはこの十数年間中国市場において、とても人気のあるジャンルであり、今後展開される作品も注目を集めている。中国IP市場を研究する際には欠かせない必須科目であり、知っていなければ市場の流れを理解することは不可能だろう。