コラム
Column
中国2020年上半期“ダークホース”日本アニメは「はめふら」?
はじめに
「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(以下:「はめふら」)は2014年から山口悟によって創作されるライトノベルであり、2020年6月までのシリーズ累計売上は300万部にも達した。「はめふら」の漫画版は2018年から連載され、アニメ版は2020年4月から放送。中国においては、Bilibiliで配信された。
「はめふら」の原作は中国で出版されていないため、アニメ放送前の段階では有名ではなく、名前が長すぎるせいか、リリース当初は期待されていなかった。ところが、3話までの配信だけで再生回数は1100万PVを突破し、6月15日までの11話分再生回数は5500万PVに到達、弾幕数は115万を超えた。また、Bilibili漫画からリリースされている漫画版「はめふら」は、2019年から1位を独占してきた(更新中止)「鬼滅の刃」を超え、日本漫画ジャンルで1位となった。こうして唐突に現れた「はめふら」は2020年上半期のダークホースIPとして、注目の日本IPとなった。
なぜ「はめふら」が中国でヒットしたかというと、「種田」(ファーム)、「重生」(リバース)、「穿越」(タイムスリップ)、「逆後宮」(逆ハーレム)、「沙雕」(コメディ)という、近年中国で最もヒットしたネット小説のジャンルを網羅した作品だからである。
ストーリー
クラエス公爵家の一人娘であるカタリナ・クラエスは、両親に甘やかされて育ったせいで高慢で我侭な性格になっていたが、8歳の時に父に連れられて城に出向いたところ、転んで石に頭をぶつけてしまう。そこで前世の記憶が蘇り、事故に遭って命を落としたオタク女子だったことや、この世界が事故の日の明け方までプレイしていた乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』であり、自身はヒロインのライバルだったことに気付く。そんなカタリナの未来は良くて「国外追放」、最悪「死亡」という破滅ルートしかなく、穏やかな老後を過ごしたい彼女は破滅エンドを回避するために奔走する。
「種田」流とは
「種田」(ファーム)流とは、(基本的に)架空の時代設定で、主人公が自分の基地を作り、先進的な思想、科学、知識、知恵などを通して、優れた農業、経済、軍事、政治体系などを立ち上げ、基礎条件のクリア、または実力を磨いてから、天下を征服する物語設定を指す。
ところが、ネット小説の発展とともに、その意味は徐々に変遷し、主人公が策略や知恵を使い、自分の「基地、地位、利益」などを守りながら、「ライバル、ターゲット、ゴール」などを征服するという意味となった。
「天下を取る」という男性目線から、「“逆襲”する」という女性目線としての広がりを見せているのである。
また、一般人が全面的、且つ先進的な知識、視界や思想を持ち、歴史を変えたり、または“逆襲”したりするということは現実的ではないので、基本的に「ファーム流」の主人公は“リバース”か、“タイムスリップ”かといった要素を持つ場合が多い。現代社会で学んだ知識と能力を持ち、架空の時代設定(古代に近い農業文明や中世の場合が多い)に生まれ変わり、そこで革命を起こす。
基本的には、ゼロから完結するまでの発展過程を描き、ストーリーは大福帳になりがちなため、基本的に紙幅が多い傾向がある。中国においてネット小説は、字数の多い方が人気が出る傾向があり、数十万字から百万字を超えるファーム流小説が現在流行しており、名作も数多創作されている。
しかし、大きな衝突や物語の転換点が基本的にないため、映像化にする際の「ストーリー性」には欠けるとされている。それゆえ、大福帳を読んで味もそっけもないため、基本的にコメディ要素と合わせることが近年多くなっている。話数が長い中国ドラマでも、過去ファーム流小説が実写化に至るケースは少ない。
そんな中、2017年のネットドラマ『花間提壺方大厨(原題)』と『シンデレラ・シェフ ~萌妻食神~』は初めてファーム流要素をストーリーに入れた作品である。また、2018年には1615章もある『唐磚(原題)』から実写化されるネットドラマが放送されたが、3部作として制作されたこの作品の実績はいまいちな評価である。一方、華策影視はファームジャンルのS級IP『庶女攻略(原題)』の実写化権利を購入し、これから制作する予定としている。
「逆後宮」(逆ハーレム)とは
ネット小説が盛んな中国市場において、“リバース”や“タイムスリップ”の作品は非常に多く、各種のタイプが「揃った」と言っても過言ではない。故に、斬新な設定を新たにクリエイティブすることが難しくなっている。
“リバース”や“タイムスリップ”後に、悪役になることもよくあるパターンだが、乙女ゲームにタイムスリップして、悪役となるのは、前回も紹介した最近中国でヒットしたネットドラマ『伝聞中的陳芊芊』と似ている。
遊んだことがある乙女ゲームなので、自分が書いている脚本に吸い込まれる陳芊芊と同じく神視点を持っているヒロイン。悲惨な結末にならないため、ヒロインは他のキャラを続々と攻略する。ただ、陳芊芊には決まった恋の相手がいるので、恋愛の対象としてではなく、個人の魅力や能力で姉、親族、部下、敵などの心を奪う。
それに対して、「はめふら」は乙女ゲームとして、“もちろん”男性キャラはすべて攻略対象となる。その上に、女性キャラも彼女の魅力に心を奪われている。このような設定も、中国のネット小説では見られるパターンだが、アニメとして映像化されたことは初めてであろう。
男性主人公の物語では複数人の絶世の美女が登場し、主人公とロマンチックな展開を巻き起こすことがお決まりとなっているが、この辺りは日本も中国も変わらない定番のパターンである。
「沙雕」とは
以前も「霊剣山」で紹介したが、「沙雕」とは、コメディよりも更に「頭がおかしい」と言われるほど話を脱線させることである。「沙雕」は近年とても人気があるジャンルで、よく「反套路」(常識に反して、想像のしない展開)と組み合わせて使われる。
「はめふら」のヒロインであるカタリナ・クラエスは「沙雕」なキャラであり、よく5つの個性それぞれの自分を独立させ、脳内で議論している。この組み合わせによって、ネタを創り上げ、コメディ感を出すことに成功している。
周知の通り、中国は非常に厳しいセンサーシップがあり、日本で言うところのBLや百合といったジャンルは一切NGである。ところが、実際にはBLや百合の市場は大きく、政府に厳しくコントロールされればされるほど、ニーズが増していく現状である。
以前も紹介した通り、中国コンテンツ市場は「腐女子を得るものは、天下を得る」ということわざが作られるほど、市場が大きい。
中国コンテンツ市場において、百合は極小さい分類の一つとして、ほとんど各プラットフォームで分類されていない。BLも禁じられているが、市場は存在するので、「知る人ぞ知る」という「暗黙の了解」で、続々と“改編”されている。
ちなみに、BLに比べ、百合をテーマにした作品はほとんど存在していない。
今回、日本IP「はめふら」が中国でヒットした理由についてご紹介させていただいた。今後も中国で人気を得るコンテンツの要素や流行をIPと合わせて紹介させていただく。
ライター:Jenny 監修:AKATSUKI