ライター:Jenny 監修:AKATSUKI
コラム
Column
中国、日本IP映画リメイクに勝機? ニーズに沿った制作で好評価を得た『動物世界』(动物世界)
『大贏家』は先入観に負けたのか?
3月20日、もともとは春節期間に公開予定であったコメディ映画『大贏家』(直訳:大勝者)は突然ネット配信となり、「ByteDance(字節跳動)」系列の配信サイト「今日頭条(Toutiao)」、「抖音(Tiktok)」、「西瓜ビデオ」と「鮮時光TV」にて公開された。そして、リリース前日の告知であったにもかかわらず、初日からTiktokの再生回数だけで3.2億PVを優に超えることとなった。
『大贏家』の原作は1991年に上映された日本映画『遊びの時間は終らない』だ。原作の豆瓣評価は8.3点、2007年公開の韓国リメイク版も同じく8.3点だが、今回の中国リメイク版の評価は6.8点という結果である。通常中国国産映画の豆瓣評価は7点以上であれば、高評価と見なされるため、6.8点は一定の評価を得ているとも言えるが、優秀な作品と呼ばれるには至らない。
個人的感想になってしまうが、筆者は本作の“でき”を高く評価しており、周囲に勧めた際には「面白い」との感想も聞いていたため、7点以上の評価を得られるだろうと予想していたのだが、豆瓣評価を見てみると予想に反した結果であり意外な印象であった。その後、関連業界の知り合いに自分の予想を踏まえたこの結果について聞いてみたところ「韓国版に比べると、ストーリーのテンポもネタの仕込みも社会現象に対する皮肉もいまいちだ」との意見が返ってきた。
韓国版は表と裏の2つのストーリーを平行して展開する構成を上手く使ってストーリーが作られていたが、中国版は裏側のストーリーから政府の腐敗問題を取り扱った内容を全てカットしており、表側のストーリーでは、主人公の職業が警察から退役軍人へと変わっていた。これは、中国では映画やドラマで、政府や軍人のイメージを損なうようなことは一切NGとなっているため、仕方がなく変更されたと思われるが、結果的にストーリーの深さと現実社会に対する皮肉性が弱くなってしまった。
「先入感」はリメイク作品がよく直面する問題であり、今回の『大贏家』も「対照作品がなければ良いコメディ映画」という意見が多かった。通常、原作の人気があればあるほど、リメイク作品に対する期待も高まり、制作する側のリスクも高くなる。ところが、2017年以前、中国映画界では「スーパーIP+ビッグキャスティング」であれば、評判が悪くてもチケットが売れるので、作品のクオリティを考える必要がなかった。市場規模の急激な拡大につれ、数年間の映画「バブル」が発生し、制作会社は日本をはじめ海外からスーパーIPを爆買いし、作品を出し続けた。しかし、市場が正常に発展しはじめ、視聴者の審美的価値観も高まるにつれ、以前の定式が通用しなくなってくる。クオリティが低いものと、評価が良くないものは徐々に市場から消え、リメイクする際のリスクも重要な参考ポイントとなり、作品数自体も減ってきている。
中国における日本IPのリメイク映画
全体的に見ると、映画の評価はドラマ(関連記事:中国、日本IPリメイクの苦戦続く 『安家』の評価と視聴率)ほど酷くはないが、優秀な作品と呼べるものも多くはない。失敗の理由としては、以前ドラマのリメイク事情について解説した際に挙げられたものとほとんど変わりはない。ところが、下記の作品の中で、2019年に上映された『動物世界』は異例であった。上映期間中、最高7.5点を記録し、原作よりも評価が高いことで話題を呼んだのである。前回はリメイク作品の失敗について原因を分析したので、今回は成功の理由を分析していく。
『101次求婚』(豆瓣評価:7点)
リリース:2013年2月
興収:20,000.65万人民元
原作:『101回目のプロポーズ 』(1991年、豆瓣評価:8.2点)
『激浪青春』(豆瓣評価:2点)
リリース:2014年6月
興収:498.16万人民元(約8.3千万円)
原作:『がんばっていきまっしょい』(1998年、豆瓣評価:8.0点)
『在世界中心呼喚愛』(豆瓣評価:7点)
リリース:2016年8月
興収:1,106.02万人民元(約1.8億円)
原作:『世界の中心で、愛を叫ぶ』(2004年、豆瓣評価:7.6点)
『身容疑者X的献身』(豆瓣評価:3点)
リリース:2017年3月
興収:40,203.33万人民元(約67億円)
原作:『容疑者Xの献身』(2008年、豆瓣評価:8.3点)
『麻煩家族』(豆瓣評価:5点)
リリース:2017年5月
興収:3,232.74万人民元(約5.4億円)
原作:『家族はつらいよ』(2016年、豆瓣評価:8.1点)
『追捕』(豆瓣評価:6点)
リリース:2017年11月
興収:10,598.08万人民元(約17.7億円)
原作:『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年、豆瓣評価:8.2点)
『解憂雑貨店』(豆瓣評価:0点)
リリース:2017年12月
興収:22,304.70万人民元(約37.1億円)
原作:『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017年、豆瓣評価:7.2点)
『動物世界』(豆瓣評価:2点)
リリース:2018年6月
興収:50,967.75万人民元
原作:『賭博黙示録カイジ』(2009年、豆瓣評価:7.2点)
『深夜食堂』(豆瓣評価:3点)
リリース:2018年6月
興収:2,419.74万人民元(約4億円)
原作:「深夜食堂」(2009年、豆瓣評価:9.2点)
なぜ『動物世界』(『賭博黙示録カイジ』)は成功したのか?
『動物世界』はタイトルから、今まで行われていたリメイク作品とは異なり、分析に対して対策を取っていた。原作にある「弱肉強食」の世界観を動物的本能だけが頼りになる「動物世界」と独自の解釈に例えた。また、他リメイク作品にありがちな「丸コピー」ではなく、独自のオリジナルストーリーを増やしたが、変に内容を拡大するわけではなく、目的を立てた上でのプラスαとしてストーリーを成立させている。
原作のカイジは登場時からギャンブル中毒で借金まみれのキャラクターであったが、船に乗ってからは自らの機転によって数々の強敵を打倒していく。このストーリーに対して、中国では「そんな能力があるのなら最初から借金まみれにならないのではないか」という疑問を持つ視聴者が多い。(もちろん、純粋に作品として楽しむ視聴者も存在する。)
ダメ人間が急に逆襲したり、どんな困難に遭っても失敗しない設定は、中国で「主人公光冠」と呼ばれ、ツッコミの対象とされるところである。今回のリメイク版では、これを避けるストーリー制作がなされている。『動物世界』のカイジはもともと数学分野における神童で、とある事件で父親を亡くし、母親は寝たきりとなり、彼の人生はどん底に落ちる。ギャンブル船に乗ったのも、親友に裏切られ、高利貸しを背負ったからだ。このように書き換えて、主人公の性格と行動を合理化した。ちなみに、作品の最後にはカイジは父の死の真相にこのギャンブル船が関わっていると知り、続編への下地を上手く作っている。(公式の制作発表は出ていない)
主人公の背景のほかに、リメイク版ではアクションシーンも増えている。原作映画では頭脳戦を表現する演出と室内の会話シーンが多いが、リメイク版では主人公の脳内で想像した怪物に抵抗して戦うシーンを創作し、数多のCG技術を駆使することで、ハリウッド映画に匹敵する激しいアクションシーンを作り上げた。中国の視聴者は比較的にストーリーよりも、映像が華やかなCGアクションを評価する傾向がある。そういった理由から、北米では興収が振るわないポップコーン映画(ポップコーンのように、見た目はいいが、栄養価値がなく、見てすぐ忘れてしまうような映画)は、基本的に中国で本土よりも高い興収を得ている。『動物世界』では、このようなアクションシーンを予告編やPR映像に使って、視聴者を引き付けることに成功した。
その他にも、リメイク版はCGを使って原作にある複雑な推理と計算過程を画面上に再現し、視聴者にわかりやすく提示した。そして、2億人民元(約33.3億円)という膨大な予算と技術の充実により、脇役にマイケル・ダグラスをキャスティングしたり、豪華客船セットを作ったりと、日本で上映された映画版よりも漫画にある世界観と舞台を高クオリティで再現した。
随所にオリジナリティ溢れる工夫が凝らされており、日本にも上陸しているので、一度、二作を見比べてみると様々な違いに文化的価値観を感じることができるかもしれない。