「男頻IP」を救った「慶余年」！その裏には「神の手」と呼ばれる脚本家の存在が？

2019年11月26日に放送開始の架空権謀歴史ドラマ「慶余年」（S1-46話）は年度平均単話再生回数1位となり、中国で大ヒットした。また、作品の「豆瓣評分」（中国の有名口コミサイト）の評価が7.9点で、好評を得た（7点を超えれば良質な作品と見做され、8点以上の作品は極めて少ない）。

「慶余年」の成功はそれだけには留まらず、「男频IPがもう死んでいる」という業界の共通認識を改めた。近年、中国ドラマ業界では「男頻IP」（＝男性チャンネルIP、すなわち、男性が見る内容。対して、女性が見る内容は「女頻IP」）は改編しにくく、映像市場でもあまり原作作品として受け入れられないという認識だった。ところが、「慶余年」はこの「偏見」を乗り越え、「男频IP」に希望をもたらした。

「慶余年」は中国における四大名著の『紅楼夢』の中で歌われる創作曲「留余慶」にちなんで「慶余年」という。出演者は張若昀（チャン・ルオユン）、李沁（リ・チン）、陳道明（チェン・ダオミン）、呉剛（ウー・ガン）、肖戦（シャオ・ジャン）など、若手実力派から、ベテラン俳優まで、他のドラマなら誰もが主演を務められる「最高レベルの出演陣」が揃えられた。

「慶余年」のクオリティの高さは従来の中国ドラマの中でも群を抜いている。その人気ぶりは、視聴者から「催更」（更新を催促すること。中国ではすべての話数を制作完成してからリリースするのが一般的。動画サイトでの配信は「枠」の制限がなく、反響が良い作品なら「催更」の規模に応じて調整することが多い）の声が絶えず、配信サイトTencent（騰訊）とiQIYI（愛奇芸）は「陳情令」と同じく「スーパーVIP」システムを起用するほどである。ところが、当初「陳情令」では6人民元（約100円）でエンディングを早く視聴することができたが、今回は50人民元（約833円）を支払い、エピソード半ばから一般VIPより6話分を早く視聴できるようになった。エピソード半ばから先取り視聴が出来るとはいえ大幅な値上げと、VIPユーザー（月額15人民元）（約250円）にもう一度「有料使用」を要求することで、視聴者の不満を引き起こした。

物語は文学部大学生の張庆（ジャン・チン）が現代の概念で古典を紐解くという自分の主張を教授に認めてもらおうと、文学賞の応募に書いたSF小説の中で起きる。（原作では「タイムスリップ」だが、ドラマのセンサーシップによって「タイムスリップ」という設定がNGなため、いくつかの設定は変えられた。）

現代で不治の病を患い短い生を終えた青年範閑（ファン・シェン）【張若昀】が、現代の記憶を持ったまま過去の時代に生まれ変わり、再びの人生を歩む。彼は、海辺の小さな街に住む祖母と暮らしていたが、自分が生まれたばかりの頃に亡くなった母の秘密を知るために上京し、父の元へ行くことを決める。

範閑は途中で偶然に出会った少女に一目惚れし、名前を聞けずに恋に落ちる。ところが、都に到着した彼は父から、母が起こした事業がとてつもなく大きな利益を生み、今は皇室の金庫と化して長公主によって管理されていること、そして皇帝からその長公主の隠し子である林婉児（リン・ワンアル）【李沁】と結婚を決められたことを聞く。結婚すれば母の事業を取り戻せる上、皇室の金庫番という権力を手に入れることができるが、現代の記憶と思想を持つ範閑は、婚姻は親が独裁で決めるものではなく、自分の意思で好きな人と人生を送るものだと考えている。

政略結婚を始めに、范閑は京都でさまざまな人物に出会い、派閥の権力争いに巻き込まれながら、かつて政変によって殺害された母の死の真相を探り、成長していく…

「慶余年」は2007年からネットで連載が開始したが、2009年に実写化権もすでに売り済み。ところが、その後長年諸々の事情で実写化できず、数社の制作会社を転々とした末、やっと2017年にTencent（騰訊影業）で実写化することができた。

近年の中国において、「男頻IP」の実写化は難しかった。ネット小説サイトには、男性ユーザーが多いが、動画サイトやテレビの視聴者は圧倒的に女性が多い。それゆえ、ゲーム、修真（仙人になるための修行）、ファンタジー（進級メイン）が多い「男頻IP」は実写化するたび、女性視聴者の共感を起こしにくい。また、そういった「男頻IP」の物語の世界観やシチュエーションが非常に膨大で、美術、アクション、セットセッティングなどに対して非常に厳しく、実写で再現する際は、コストが非常に高く、リスクが大きい。例えば、「九州・海上牧雲記」（2017）、「神龍」（2018）、「九州縹緲録」（2019）など、ほぼ毎年大作を出し続けているが、読者からの期待とは遠かれ、あまり反響が良くなかった。

それに対して、2010年ごろから実写化が始まった「女頻IP」は恋愛、宮廷ものが多かった。「ジャクギ」（2011）、「宮廷の諍い女」（2011）、「お昼12時のシンデレラ」（2014）、「花仙骨」（2015）、「シンデレラはオンライン中」（2016）、「永遠の桃花」（2017）、「霜花の姫～香蜜が咲かせし愛～」（2018）など、当年度最も人気のある作品、社会現象を巻き起こす作品の中、「女頻IP」が圧倒的に多かった。稀に「古剣奇譚」（2014）、「瑯琊榜」（2015）など「男頻っぽい」作品も出現したが、「古剣奇譚」は恋愛が売りで、「瑯琊榜」は腐女子向けであった、どちらも女性の中で人気がある（「瑯琊榜」はまともな「兄弟愛」の歴史ドラマだが、腐女子の妄想によって盛り上がり、女性の中で知名度を広げた）。

この度は、「慶余年」を契機に、「男頻IP」に参考できる「改編モデル」を提供し、今後「男頻IP」の改編手本となる。

また、「男頻IP」の原作は基本数百万字の長い作品が多いため、実写化するたび、50～80話の一作に圧縮する場合が多い（中国国内において、俳優が継続してシリーズ作品に出演することが滅多にない）。今回の「慶余年」の主演の張若昀は5年間の3シリーズで完結すると契約がされ、視聴者は続編に非常に期待しているが、その他の出演者が揃えられるかはまだ不明だ。

「慶余年」はネット作家貓膩（マオニー）が創作した架空のタイムスリップ歴史小説である。かつて彼の原作で実写化された「擇天記～宿命の美少年～」、「将夜」も非常に人気があったが、今回ほどの反響はなかった。

今回のドラマの脚本を手掛けたのは王倦（ワン・ジュエン）であり、「大宋少年志」（2019）の「豆瓣評分」が8.2点、「絢爛たる一族 ～華と乱～」（2013）が8.8点など、かつて8点以上の作品を創作し、国内において「神の手」として視聴者からも認められる脚本家である。王倦が執筆する作品はほとんどがオリジナル作品だが、今回珍しく原作の改編を手掛けた。彼の脚本には予想のつかない（いわゆる）「神展開」や1秒たりとも目を離せない複数の伏線、それぞれが個性豊で印象深い脇役たち、真剣なストーリーの中にも時々ブラックユーモアがあったり、脱線したりして視聴者の心をつかむ。ドラマ放送中には、王倦に関する議論が絶えず、「まさかの最初にヒットしたのは出演者ではなく、脚本家だ」と言われるほど、さらに知名度を広げた。

※記事内の為替レートは『1円＝0.06人民元』で計算されています。

ライター：Jenny  監修：AKATSUKI