ライター:Jenny 監修:AKATSUKI
コラム
Column
「恋愛脳」に陥る中国ドラマ:『以家人之名』
はじめに
中国では夏休みも終盤を迎えているが、コロナの影響もあり今年は“夏の思い出”となるような作品が現れなかった。夏休み期間の映像関連枠は一年の内で最も長く、かつ若者、とりわけ学生たちからの注目度が高いため、エンターテインメント業界にとって非常に重要な時期である。
2020年8月10日から湖南衛視で放送されたドラマ『以家人之名』(直訳:家族の名で、以下略称:本作)は放送初日に豆瓣評価8.6点を獲得し、一気に注目を集めた。微博のトレンドランキングにも何十回とランクインし、TikTokのトレンドランキングでもTOPにランクインしている。放送当初、本作は中国版の『応答せよ1988』(豆瓣評価9.7点)のような作品と見られており、今年の夏休みの代表作として期待されていた。しかし、放送が進むにつれて視聴者からの評判が下がっていき、現在では豆瓣評価も7.6点まで低迷、視聴を「諦める」と宣言した視聴者も多く存在している。
『以家人之名』とは
<あらすじ>
『以家人之名』とは、宋威龍(ソン・ウェイロン)が演じる凌霄(リン・シャオ)と張新成(チャン・シンチェン)が演じる賀子秋(ホウ・ツーチュウ)の2人が子供時代に家族に捨てられ、譚松韵(タン・ソンユン)が演じる李尖尖(リー・ジェンジェン)とともに2人の父親に引き取られ育てられていく物語である。血縁関係のない3人は新しい家族となり、お互いに支え合いながら成長していく。そんなある日凌霄と賀子秋の家族が突如として現れ、2人は海外へと連れて行かれてしまう。9年後、2人はやっとの思いで帰国するが、再開した3人の家族愛はやがて恋愛感情を交えた複雑なものに変わっていく…
ドラマの前半は、3人の主人公の学生時代を繊細な感情描写を元に描がれ、元の家族が子供に与える影響など様々な角度から視聴者の議論を巻き起こした。一家の笑いあり、涙ありの日常生活からは、視聴者から「感動的」、「フレッシュ」、「心が和む」、「泣ける」などの声が寄せられ、好評を得ていた。
その後、物語が中盤に入ると、9年間消息不明であった2人の兄が突如帰国し、昔のシスコン具合とは異なる恋愛感情を持って李尖尖に猛アタックし、三角関係へと発展する。さらに、李尖尖の親友たちも加え、さらに複雑な関係が築かれていく、「私の好きな人が親友に恋をした」といった恋愛ドラマでは定番の展開となる。心温まるホームドラマから一般的な恋愛ドラマへと変わってしまったことが、口コミ評価が一気に落ちてしまった原因となった。
口コミ評価が転落した国産ドラマ
前回の記事でも紹介した通り、中国においてテレビの視聴率や動画サイトの再生回数は全て“買える”データとして視聴者からの信頼度が低いため、現在ではほとんど参考にされなくなっている。それと反比例するように、近年の中国エンタメコンテンツのクオリティアップにより目が肥えてきた視聴者にとって、口コミ評価が視聴する際の重要なポイントとして、豆瓣における視聴者評価の参考価値が高まり続けている。
現在の中国市場において、口コミマーケティングは話題性や注目度の向上、または知名度を拡散する重要なPR手段となるため、制作会社にとっても、プラットフォームにとっても口コミ運営、とりわけ初期段階においての口コミ運営は非常に重要である。
また、放送開始から口コミの評判が1点以上も落ちることは稀であるが、放送開始時から物語が進むにつれて一気に評判が落ちる作品はこの頃多く見られるようになってきた。本作以外にも、7月17日に放送された『三十而已』(全43話)は放送開始時の8.0点から終了時には6.9点にまで落ちている。先月紹介した『重啓之極海聴雷』(全32話、過去記事URL)は放送中に8.7から7.7点に転落。そして去年のヒット作であり、本作と同じ制作チームが手掛けた『下一站是幸福』も7.8点から6.0点の推移を見せている。
これらの作品は脚本により口コミ評価が低迷したことも要因として挙げられるが、口コミ運営によって初期段階でなるべく評価点数を維持し、話題性を作り視聴者を惹きつけることに成功した後、口コミ運営を放置しているといった可能性も存在している。
「恋愛脳」になりやすい中国ドラマ
「恋愛脳」(恋愛本位で、恋愛以外に何も考えない)は本作中盤以降もそうであるが、最近のドラマにおいて視聴者によく指摘されている問題である。前回紹介した『重啓之極海聴雷』もサスペンス推理ドラマというジャンルでありながら、途中から脇役の恋愛物語が始まり、放送中に一気に評判が落ちてしまった。
筆者の知り合いが制作会社にいるため、最近の恋愛シーンについて質問したところ、(原作)先生と脚本家の微博には「恋愛シーンが不要だ」と既にクレームが殺到しているようである。なぜサスペンス作品に浮いている恋愛シーンを加えるのかというと、「原作ファンではない女性視聴者を惹きつけたい」という世の女性が恋愛要素を入れれば興味を持つという固まった考え方が影響しているようである。
女性向けの『伝聞中的陳芊芊』のような「甜寵劇」には市場があるものの、これらは一部の女性の中でヒットしており、知名度も限られている。過去ヒットした『宮廷の諍い女』(2011)や『ジャクギ』(2011)など、全世代の男女を問わず、社会現象まで巻き起こすような女性向けの作品は現在では通用しないだろう。
実際に最近のヒット作には恋愛ストーリーが少ない。例として、以前にも紹介したサスペンスドラマ『隠秘的角落』(2020、過去の記事)、刑事ドラマ『破冰行動』(2019)、推理ドラマ『白夜追凶』(2018)などが挙げられる。また中国では「職場」ドラマがないということよく話題になっている。理由としては、過去の作品に対して「どの職場ドラマでも、結局主人公の2人は職業が変わるだけでありきたりな恋愛をするだけだから」、「職業に関する専門知識どころか、基本的なことでもよく間違えている」という意見があり、視聴者の目が肥えた現在、制作側が視聴者の満足する作品を作るハードルが上がっていることが挙げられるだろう。こちらについても機会があれば、詳しく紹介していく。
クオリティが向上している中国ドラマ
一方、ドラマの口コミの評判が途中から落ちるとはいえ、全体から見るとかつての作品に比べて国産ドラマのクオリティは上がっている。以前なら、目玉作品でも6点未満の評価作品が多く、7点以上の作品は年内にも数作しか現れず、8点以上の作品があると業界が興奮するほど盛り上がっていた。
現在では7点、または8点に達していても珍しいというほどではない。そして、どんなに知名度が高い原作やキャスティングであっても、作品クオリティや口コミ評価が良くなければ、放送後間もなく視聴者の注目・話題からは消えてしまう。
かつては、7点以上を取れれば口コミマーケティングは大成功であったが、全体的なクオリティが上がり、7点以上の評価が普通となった現在、とりわけ目立つ基準とは言えないため、作品の競争が更に厳しくなっている。市場からのプレッシャーは、制作会社に対する高品質な作品を制作する上での良い刺激となり、今後さらに高クオリティな作品が誕生することを期待する。