ライター:張ケン 監修:AKATSUKI
コラム
Column
コメディ映画『夏洛特煩悩』:舞台劇から大ヒット映画へ、成功の秘訣は“青春懐古”?
低コスト国産コメディ映画の大成功
2015年に上映した『夏洛特煩悩』(日本語訳:シャーロットの悩み;英語名:Goodbye Mr.Loser)は、中国の北京開心麻花娯楽文化メディア有限会社(略称:『開心麻花』)の爆笑舞台劇をリメイクしたコメディ映画である。
『夏洛特煩悩』は開心麻花の第一作目の映画化作品だが、上映55日間で累積興行収入は14.4億元(約240億円)の大ヒット。当年度の中国国産映画興行収入ランキングでは第3位にランクインした、当時のダークホース的作品であった。
ストーリーは、いわゆる「青春懐古」がテーマとなっており、学生から卒業してしばらく経ったが、無職を続け何事も成し遂げていない主人公「夏洛」。彼は学生時代に片思いをしていた女性の結婚披露宴で、酔っぱらい現場を騒がせ、最後には結婚披露宴に乱入してきた妻に殴られ昏倒してしまう。
そうして目覚めた夏洛が目にしたものは、高校時代の風景だった。これは夢だと思った夏洛は、現実に自分が歩んだ人生とは全く別の人生を再体験する。
好きな女の子が自分の妻になり、失望していた母親に笑顔を取り戻し、自分自身も国民的なポップミュージックスターになった。そして最後には、放蕩三昧の生活故に重病を患うことになる。
そこで初めて、周りの人々は自分を利用していただけだと気がつき、死んでいく。夢の中で死んだ夏洛が目覚めるとそこは現実に戻っており、人生を通して愛を理解した夏洛は目の前の人を大切にすべきだと意識した。
プロットは一見シンプルに見えるが、内実は視聴者の懐古感を想起させるような様々な技法や笑いを誘う工夫が凝らされており、シンプルでありながら試聴後には満足できるような物語となっている。
「タイムスリップ」、「青春懐古」、「浪子回頭(放蕩男子が悔い改めて立ち直ること)」などの要素は決して斬新と言えるものではないが、映画『夏洛特煩悩』はこれらの要素をコメディという形で繋げ、新たな仕掛けを施すことで、笑いあり涙あり、そして最後には温かい気持ちになれるような作品を作り上げた。
独自の風格を持つ優れたコメディ映画
創作チームはコメディ面に深い理解があり、コメディ部分の脚本はよく練られ整っている。そうして、笑いを誘うポイントが密集的に仕掛けられることで、一発のギャグで観衆の笑いのツボを爆発させることに成功している。
出演している役者たちもほとんどが開心麻花劇団の所属俳優であることから、豊富な舞台経験があり、物語への理解の深さや演技力の高さにはすきがな。映画の中でも、主役から脇役まで、演技における表現力は非常に高く、生々しくも個性と特徴溢れるキャラクターを演出している。
そもそも、コメディ自体が人気の高い映画ジャンルではあるが、『夏洛特煩悩』は「タイムスリップ」要素を用いることで非現実感とリアルな日常感を融合し、多くの笑いを誘うポイントに「拝金主義」、「親の七光り」、「(中国大陸)不動産価格暴騰」などの社会現象への批判を仕込んだ。
言うなれば「マジック・リアリズム」コメディである。自分なりの喜劇風格を持ち、多くの作品から学び、観客に目新しさを与えた。
話題度が高い“青春懐古”要素で、観衆の共感を呼ぶ
映画の冒頭から飲みすぎて失態を演じた夏洛は高校時代にタイムスリップするのだが、この映画の半分以上は、夏洛の高校生活を描いている。夏洛を中心に関連人物を繊細に描き出し、喜劇の表現手法で、人物の特徴を掴み、誇張・強調した。
「男勝りな女の子」、「才気に溢れプライドの高い男子生徒」、「体は男性、ピンクと化粧が好きなトランスジェンダー」、「イタズラ好きな男の子」、「成績優秀でおとなしい女の子」等の作中人物の影・イメージは、観衆が自分の学生時代の記憶の中でも見つけられるようなキャラクター像として仕掛けられているのである。
映画『夏洛特煩悩』は、ストーリーの細部や設定にもこだわっており、観衆を笑わせた後に、少しの感動が味わえるようになっている。例えば、映画の中で担任の先生は少々荒っぽく小狡い人間というキャラクターであり、タイムスリップしてきた夏洛にも殴られる場面がある。
しかし、夏洛がチンピラに絡まれ殴られた時、担任の先生は思わず夏洛を助け保護する。また、高校時代に戻った夏洛は、この時代には自身の母がまだ生きていると気が付く。興奮してたまらなくなった夏洛は、説教をされている最中にも関わらず、しっかりと母を抱きしめた。
嫌な先生が厳しさの中に愛情と関心を隠していることを発見した瞬間や、大人としての夏洛がタイムスリップしたことで、現実では亡くなって久しい母と再会した瞬間等、『夏洛特煩悩』は観衆を笑わせると同時に感動を与えることに成功した。
映画化された爆笑舞台劇IPは、「開心麻花」のブランド価値を高める
『北京開心麻花娯楽文化メディア有限会社(以下:「開心麻花」)』は中国大陸において都市の若者に深く愛され、北京だけでなくおそらくは全国演劇界で、最も高い観客動員力を持つコメディーのブランドである。
『夏洛特煩悩』はそもそも『開心麻花』が2012年に創作したコメディ舞台劇である。2012年11月から2015年まで全国を範囲で、北京、天津、広州など多くの都市で公演を行い、好評を博している。
『夏洛特煩悩』は『開心麻花』のオリジナル作品として大人気舞台劇IPになった。そうして、数年間の公演により、高いクチコミ評価が累積していた原作としての舞台劇IPは、映画が売れる要因の一つにもなったのである。
2015年9月、『開心麻花』の映画化初挑戦作品としてリメイクした同名映画が上映され、予想以上のヒット作となる。2015年の『開心麻花』の営業収入は3.83億元(約63.83億日本円)となり、153.80%伸び率をみせた。
また、映画『夏洛特煩悩』の大成功は会社としての『開心麻花』の2016年舞台劇公演業務の成長を牽引し、2016年上半期の営業収入は18億元(約300億日本円)に達し、前年比42.01%増加となった。つまり、舞台劇IPの映画化は『開心麻花』により大きな収益をもたらし、映画化としての成功も『開心麻花』自体を大きな喜劇IPであるという認識を拡散させた。